この日のメーン40番は、私にクラシック音楽を好きにさせた最初の曲。この曲について書いたら切りがなくなるが、同じ調性の第25番がデモーニッシュなら、この曲は何とも爽やかで透き通った暗さを感じさせる。最初のモチーフを「ため息」とかたずけてしまうのに疑問さえ感じている。
一聴して、魅力に引き込まれるこのK.136の喜遊曲は、少年モーツァルトによって生み出された。弦楽四、または弦楽五重奏などのために書かれたという説もあるようだが、今は小編成の弦楽合奏が一般的。当時の喜遊曲とは、貴族たちが食事をしたり、おしゃべりをしながら聴いた曲。それでいてチャンと耳に残る。この日の聖響の指揮は、緊張感を感じさせないながら、心に宿る指揮ぶり。第1楽章のはつらつとした第1主題から見事な展開部、第2楽章の明るく歌う旋律、そしてフガートさえ現れる第3楽章。楽しんでいるうち、アッと言う間に終わってしまった。
このオーボエ協奏曲は、前回のフルート協奏曲と同じで、単に1音下げただけ、と私には聴こえたが、前曲とうって代わって、緊張感あふれる鈴木のソロに惹きこまれた。明るくはつらつとした第1楽章も、緊張感にあふれ、第2楽章の叙情的な曲趣で、ホッと一息。第3楽章はソナタ形式か、ロンドかよく分からないが、ソロの息(意気)のこもった演奏に圧倒された。
さて40番。「ため息」と称される第1楽章の第1主題が有名だが、構成的な完成度において、際立って優れた存在だろう。古典交響曲のお手本と言ってもいい。第2主題が長調の下降動機で、見事な対位法的発展。線的な流れを重視するためティンパニーが省かれているのを聖響指揮で改めて思い知らされた。第2楽章のアンダンテでも対位法が興味をそそる。第3楽章のメヌエットでも後半にいくにつれ緊張感を増していく感じ。聴きどころは終曲。第1主題の動機が転調と対位法で展開され、激しい緊張と同時に、形容矛盾かも知れないが、深い安らぎさえ感じさせる。これがモーツァルトの音楽の本質だろう。
終わっても拍手は鳴り止まず、アンコールは喜遊曲K.138の第2楽章。サラリと演奏したのが40番の緊張を解いてくれた。
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